私たちの日常に深く根付いているコーヒー。目覚めの一杯として、仕事中の集中力を高めるためのパートナーとして、あるいは友人との語らいのひとときを彩る存在として、多くの人々にとって欠かせない飲み物となっています。それは単なる飲料という枠を超え、一種の文化やライフスタイルの一部とも言えるでしょう。
しかし、その一方で「コーヒーは身体に良くないのでは?」という声が聞かれることも少なくありません。睡眠への影響や胃腸への負担など、そのデメリットに関する情報も数多く存在します。果たして、コーヒーは私たちにとって有益な味方なのでしょうか、それとも注意すべき習慣なのでしょうか。
この記事では、コーヒーが私たちの心身に及ぼす影響について、多角的な視点から深く掘り下げていきます。目的は、コーヒーを単純に「良い」「悪い」と断じることではありません。デメリットとして考えられる側面と、数々の研究で示唆されているメリットの両方を公平に提示し、科学的な知見に基づいたバランスの取れた情報を提供することです。それによって、読者の皆様がご自身の体質やライフスタイルに合わせた、より賢いコーヒーとの付き合い方を見つけるための一助となることを目指します。
知っておきたいコーヒーのデメリット|身体に及ぼす可能性のある影響
コーヒーの魅力的な香りと覚醒作用の裏側で、私たちの身体にどのような影響を与えている可能性があるのでしょうか。このセクションでは、コーヒーの摂取に伴う潜在的なデメリットについて、そのメカニズムとともに詳しく解説します。これらの点を理解することは、コーヒーとのより良い関係を築くための第一歩となるかもしれません。
睡眠の質と神経系への影響:元気の前借りになっていませんか?
コーヒーがもたらす最もよく知られた効果は、眠気を覚まし、集中力を高める覚醒作用でしょう 。この効果の源は、主成分であるカフェインにあります。しかし、この覚醒作用のメカニズムそのものが、睡眠の質や神経系への負担といったデメリットと表裏一体の関係にあることを理解することが重要です。
カフェインは、体内でエネルギーを生み出しているわけではありません。その正体は、脳内で疲労や眠気のシグナルとして機能する「アデノシン」という神経伝達物質の働きを阻害することにあります 。カフェインはアデノシンと化学構造が似ているため、アデノシンが結合すべき受容体に先回りして結合し、アデノシンの働きをブロックします。これにより、脳は疲労を感じにくくなり、一時的な覚醒状態がもたらされるのです 。
この状態は、しばしば「元気の前借り」と表現されます 。本来、身体が休息を必要としているサインをカフェインの力で覆い隠しているだけであり、疲労そのものが解消されたわけではありません。この前借りした元気は、カフェインの効果が切れた後、より大きな疲労感として身体に跳ね返ってくる可能性があります。
さらに深刻なのは、睡眠への直接的な影響です。特に午後や夕方以降にカフェインを摂取すると、その覚醒作用が夜まで持続し、寝つきが悪くなったり、睡眠が浅くなったりする原因となり得ます 。質の低い睡眠は翌日のさらなる疲労につながり、その疲労を解消するためにまたコーヒーに頼る…という悪循環に陥ることも少なくありません。
また、カフェインの過剰摂取は中枢神経系を過度に刺激し、不安感、焦燥感、神経過敏、動悸、手の震えといった症状を引き起こす可能性も指摘されています 。コーヒーの覚醒効果は、その作用機序を理解すると、単なるメリットではなく、睡眠や神経のバランスを崩す可能性を秘めたデメリットでもあることが見えてきます。
胃腸への負担:胃酸分泌や下痢のメカニズムとは
コーヒーを飲んだ後に胃の不快感や腹痛、下痢などを経験したことがある人もいるかもしれません。これらは、コーヒーが消化器系に及ぼす影響によるものである可能性が考えられます。
主なメカニズムの一つとして、胃酸分泌の促進が挙げられます。コーヒーに含まれるカフェインなどの成分は、胃酸の分泌を促すホルモン「ガストリン」の放出を刺激する作用があります 。胃酸は食物の消化に不可欠ですが、過剰に分泌されると胃の粘膜を刺激し、胸やけや胃痛、胃炎といった症状を引き起こす原因となり得ます 。特に、胃の中に何も入っていない空腹時に濃いコーヒーを飲むと、胃酸の影響を直接受けやすくなるため、胃への負担が大きくなる可能性があります 。
また、コーヒーが下痢の原因となりうるメカニズムも解明されつつあります。コーヒーはガストリンだけでなく、胆嚢の収縮を促し腸の運動を活発にするホルモン「コレシストキニン(CCK)」の放出も刺激することがわかっています 。腸の動きが過度に活発になると、便の水分が十分に吸収される前に排出されてしまい、下痢につながることがあります 。この作用は個人差が大きく、一部の人にとっては便通を整える穏やかな刺激となる一方で、胃腸が敏感な人にとっては不快な症状の原因となりうるのです。
さらに、フレンチプレスなど金属フィルターで淹れた未ろ過のコーヒーには、「カフェストール」や「カーウェオール」といった油性成分が含まれています。これらの成分は血中のコレステロール値を上昇させる可能性が指摘されていますが、ペーパーフィルターで抽出する場合にはそのほとんどが除去されるとされています 。このように、コーヒーが消化器系に与える影響は、その成分、淹れ方、そして個人の体質によって大きく異なる点を認識しておくことが大切です。
栄養素の吸収阻害:鉄分やカルシウムは不足しない?
健康を維持するために不可欠なミネラルである鉄分やカルシウム。コーヒーの習慣的な摂取が、これらの栄養素の吸収に影響を与える可能性が指摘されています。ただし、このデメリットは絶対的なものではなく、飲み方や食生活全体とのバランスによってその影響度が変わる、条件付きの懸念点と言えます。
まず、鉄分についてです。コーヒーには「タンニン」と呼ばれるポリフェノールの一種が含まれています 。このタンニンは、特に野菜や豆類などに含まれる「非ヘム鉄」と消化管内で結合し、水に溶けにくい複合体を形成します。この状態になると、鉄分が体内に吸収されにくくなってしまうのです 。貧血に悩む人や、鉄分が不足しがちな女性にとっては気になる点かもしれません。しかし、この吸収阻害作用が最も顕著に現れるのは、鉄分豊富な食事とコーヒーを「同時に」摂取した場合です。食事の前後30分から1時間ほど時間を空けてコーヒーを飲むことで、この影響は大幅に軽減できるとされています 。
次に、カルシウムへの影響です。カフェインには利尿作用、つまり尿の排出を促す働きがあります 。この過程で、カルシウムも尿と一緒に体外へ排出されやすくなることがわかっています 。特に、一度に多くのカフェインを摂取すると、尿中へのカルシウム排泄量が増加するという報告があります 。これが長期的に続くと、骨の健康に影響を及ぼすのではないかという懸念につながります。しかし、これもまた、食生活全体の文脈で考える必要があります。日頃から乳製品や小魚などで十分なカルシウムを摂取している人であれば、通常のコーヒー摂取量(1日数杯程度)によるカルシウム損失は、骨密度に大きな影響を与えない可能性が高いとされています 。問題となり得るのは、1日に5杯以上といった過剰なコーヒー摂取と、もともとのカルシウム不足が重なった場合です 。
これらの栄養素吸収に関するデメリットは、「コーヒーを飲むこと」自体が問題なのではなく、「いつ、どのくらい飲むか」という飲み方が重要であることを示唆しています。
カフェイン離脱症状:やめた時に起こりうる頭痛や倦怠感
毎日コーヒーを飲むのが習慣になっている人が、何らかの理由で急に摂取をやめたり、量を減らしたりした際に、つらい身体的・精神的な不調を経験することがあります。これは「カフェイン離脱症状」として知られており、コーヒーへの生理的な依存が形成されている証左とも言えます。
この離脱症状のメカニズムは、前述したアデノシン受容体と深く関わっています。日常的にカフェインを摂取し続けると、脳は常にアデノシン受容体がブロックされている状態に適応しようとします。その結果、アデノシンの信号をなんとか受け取ろうとして、アデノシン受容体の数を増やしてしまうのです 。これが「耐性」の形成であり、同じ量のコーヒーでは以前ほどの効果を感じにくくなる原因です。
この状態で突然カフェインの摂取を中断すると、事態は一変します。ブロックするものがなくなった脳内では、通常通り分泌されるアデノシンが、増えてしまった大量の受容体に一斉に結合します。これにより、アデノシンの持つ鎮静作用や疲労を伝えるシグナルが過剰に働き、激しい眠気や倦怠感、集中力の低下といった症状が現れるのです 。
離脱症状の中で最も一般的でつらいとされるのが、拍動性の激しい頭痛です 。カフェインには脳の血管を収縮させる作用があるため、その摂取がなくなると反動で血管が拡張します。この急激な血管拡張が、ズキズキとした痛みを引き起こすと考えられています 。
その他にも、イライラや不安感、気分の落ち込み、吐き気、筋肉痛といった、風邪に似た症状が現れることもあります 。これらの症状は通常、最後のカフェイン摂取から12〜24時間後に始まり、1〜2日後にピークを迎え、2日から9日間ほど続くとされています 。離脱症状の存在は、コーヒーが単なる嗜好品ではなく、私たちの脳機能に直接作用し、依存を形成しうる物質であることを物語っています。
注意が必要なケース:コーヒーを控えた方が良いかもしれない人々
コーヒーは多くの人にとって安全な飲み物ですが、特定の健康状態やライフステージにある人々にとっては、摂取に注意が必要、あるいは控えることが推奨される場合があります。コーヒーの作用が、個々の身体状況によってデメリットとして強く現れる可能性があるためです。
まず、妊娠中や授乳中の方々です。カフェインは胎盤を容易に通過しますが、胎児はカフェインを効率的に代謝する酵素が未熟です 。そのため、カフェインが胎児の体内に蓄積し、発育に影響を及ぼす可能性が懸念されており、高用量の摂取は低出生体重児のリスクと関連付けられています 。多くの国の保健機関は、妊娠中のカフェイン摂取量を1日あたり200mg〜300mg程度に制限するよう推奨しています 。
次に、高血圧や不整脈などの心血管系の持病がある方です。カフェインには一時的に心拍数や血圧を上昇させる作用があるため、基礎疾患を持つ人にとっては症状を悪化させる引き金になる可能性があります 。長期的な習慣としては心血管疾患のリスクを下げる可能性も示唆されていますが 、個々の病状によって影響は異なるため、必ず主治医に相談することが重要です。
また、不安障害やパニック障害を抱えている方も注意が必要です。カフェインの中枢神経刺激作用は、不安感や焦燥感を増強させ、パニック発作を誘発する可能性があります 。
さらに、服用している薬との相互作用も無視できません。例えば、気管支喘息の治療薬(キサンチン誘導体)はカフェインと構造が似ており、併用すると薬の作用や副作用(動悸、吐き気など)が強く出ることがあります 。一部の抗生物質や精神科の薬、骨粗しょう症の薬などもカフェインと相互作用を起こす可能性があるため、薬を服用している場合は医師や薬剤師に確認することが賢明です 。
子どもや青少年も、カフェインに対する感受性が大人より高いため、摂取量には特に配慮が必要です。海外の機関では、年齢に応じた具体的な上限値が設けられています 。これらのケースは、コーヒーの安全性が万人に共通するものではなく、個人の健康状態に大きく左右されることを示しています。
長期的な視点での懸念:骨密度やその他のリスクについて
コーヒーの日常的な摂取が、長期間にわたって身体に及ぼす可能性のある影響についても、いくつかの懸念が研究されています。これらは即時的な症状として現れるものではありませんが、生涯にわたる健康を考える上で知っておくべき視点です。
一つは、骨の健康への影響です。前述の通り、カフェインは尿からのカルシウム排出を促進します 。この作用が長年にわたって続いた場合、骨密度の低下につながるのではないかという懸念があります。特に、カルシウムの摂取量がもともと不足している閉経後の女性などでは、1日に多量(例えば5杯以上)のコーヒーを飲む習慣が骨折リスクの上昇と関連している可能性を示唆する研究も存在します 。ただし、これはあくまで過剰摂取と栄養不足が重なった場合のリスクであり、適度な摂取量で十分なカルシウムを摂っていれば、過度に心配する必要はないという見解が一般的です 。
また、眼圧への影響も研究分野の一つです。一部の研究では、コーヒーの多量摂取が眼圧をわずかに上昇させ、長期的には緑内障のリスクを高める可能性が指摘されています 。ただし、この関連性についてはまだ研究が進行中であり、結論は出ていません。
しかし、長期的な健康リスクを考える上で最も見過ごされがちなのが、「何を加えて飲むか」という点です。ブラックコーヒー自体はほぼノンカロリーですが、多くの人々が砂糖やミルク、クリーム、シロップなどを加えて飲んでいます。こうした甘味料や脂肪分が豊富なコーヒードリンクを日常的に摂取する習慣は、コーヒーそのものの健康効果を打ち消し、過剰なカロリー摂取による体重増加、肥満、そしてそれに関連する生活習慣病のリスクを高める可能性があります 。つまり、長期的な健康へのデメリットは、コーヒー豆そのものではなく、甘く高カロリーな「コーヒードリンク」という形での飲用習慣に潜んでいる場合が多いのです。この視点は、コーヒーとの健康的な付き合い方を考える上で極めて重要です。
コーヒーのデメリットを理解した上で知るメリットと賢い付き合い方
これまでコーヒーの潜在的なデメリットについて詳しく見てきましたが、物語にはもう一つの側面があります。世界中でこれほどまでに愛飲されているのには、やはり理由があるのです。数多くの科学的研究が、コーヒーの習慣的な摂取がもたらす可能性のある、驚くべき健康上のメリットを明らかにしつつあります。このセクションでは、デメリットへの理解を土台としながら、コーヒーが秘めるポジティブな力と、その恩恵を最大限に引き出しつつリスクを最小限に抑えるための賢い付き合い方について探求していきます。
数々の研究が示唆する健康上のメリット:死亡リスクや疾病予防の可能性
コーヒーの摂取が健康に与える影響について、近年、大規模な疫学研究から非常に興味深い結果が次々と報告されています。これらは、適度なコーヒーの習慣が、特定の病気のリスクを下げ、さらには長寿にも寄与する可能性を示唆しています。
最もインパクトのある報告の一つが、全死亡リスクの低下との関連です。数万人から数十万人規模の対象者を長期間追跡した複数の研究で、コーヒーを1日に3〜4杯程度飲む人は、全く飲まない人と比較して、あらゆる原因による死亡リスクが有意に低いことが示されています 。ある9万人規模の調査では、そのリスクが24%も低いという結果が出ています 。特に、心疾患、脳血管疾患、呼吸器疾患による死亡リスクの低下が顕著であると報告されています 。
心血管系への影響については、かつては血圧を上げる作用から懸念されていましたが、長期的な視点ではむしろ逆の結果が示されています。習慣的にコーヒーを飲むことは、心臓病や脳卒中の発症リスクを低減させるとの関連が多くの研究で指摘されているのです 。
がん予防の観点からも、コーヒーは注目されています。特に、肝臓がんと子宮内膜がんのリスクを著しく低下させる可能性が強いエビデンスと共に示されています 。国立がん研究センターの報告によると、コーヒーをほぼ毎日飲む人は、全く飲まない人に比べて肝臓がんのリスクが約半分にまで低下する可能性が示唆されています 。
さらに、2型糖尿病の発症リスクを低減させる効果も、多くの研究で一貫して報告されているコーヒーの大きなメリットの一つです 。また、パーキンソン病やアルツハイマー病といった神経変性疾患のリスクを低減する可能性も示唆されており、コーヒーが脳の健康維持にも役立つ可能性が探求されています 。これらの研究結果は、コーヒーが単なる嗜好品ではなく、長期的な健康維持に貢献しうる可能性を秘めた飲料であることを物語っています。
集中力とパフォーマンス向上:脳と身体へのポジティブな作用
コーヒーがもたらす健康上のメリットは、長期的な疾病予防だけにとどまりません。私たちが日々実感している、より直接的で短期的な恩恵も数多く存在します。その代表格が、認知機能と身体能力の向上です。
脳への作用として、カフェインがアデノシン受容体をブロックすることで、眠気を払い、覚醒レベルを高めることはよく知られています。これにより、注意力や集中力が高まり、作業効率の向上が期待できます 。いわば、脳のパフォーマンスを一時的にブーストしてくれる存在です。この効果は、重要な会議の前や、長時間の運転、学習など、高い集中力が求められる場面で多くの人々に活用されています。
精神面へのポジティブな影響も示唆されています。コーヒーの豊かな香りがリラックス効果をもたらすことは感覚的に知られていますが 、一部の研究では、習慣的なコーヒー摂取がうつ病のリスク低下と関連している可能性も報告されています 。これは、コーヒーに含まれる抗酸化物質や、カフェインがドーパミンなどの神経伝達物質に与える影響によるものと考えられていますが、さらなる研究が待たれる分野です。
身体的なパフォーマンスに関しても、カフェインは「エルゴジェニック・エイド(運動能力向上を助ける物質)」として広く認知されています。運動前に摂取することで、持久力を高め、疲労を感じにくくさせる効果が期待できます 。また、カフェインには中枢神経を刺激して脂肪の分解(リポリシス)を促進する働きがあるため、運動中の脂肪燃焼を助ける可能性も指摘されています 。
ただし、これらのパフォーマンス向上効果を最大限に活かすためには、重要な前提条件があります。それは、コーヒーを慢性的な睡眠不足を補うための「杖」として使うのではなく、十分な休息という土台の上で、さらなるパフォーマンスを引き出すための「ツール」として戦略的に利用することです。睡眠不足の状態でコーヒーに頼り続けることは、デメリットのセクションで述べたような「元気の前借り」となり、長期的には心身の消耗につながりかねません。適切な休息と組み合わせることで、コーヒーは私たちの脳と身体の強力な味方となりうるのです。
抗酸化物質ポリフェノールの力:クロロゲン酸がもたらす恩恵
コーヒーの健康効果を語る上で、カフェインだけに注目するのは物語の半分しか見ていないことになります。実は、コーヒーの長期的なメリットの多くは、カフェイン以外の成分、特に豊富に含まれる「ポリフェノール」に由来すると考えられています。
ポリフェノールは、植物が紫外線や害虫などから自らを守るために作り出す物質で、強い抗酸化作用を持つことで知られています 。抗酸化作用とは、体内で発生し、細胞を傷つけ老化や様々な病気の原因となるとされる「活性酸素」の働きを抑制したり、取り除いたりする力のことです 。驚くべきことに、コーヒーは現代人の食生活において、赤ワインや緑茶と並ぶ主要なポリフェノールの供給源の一つなのです 。
コーヒーに含まれるポリフェノールの中でも、特に代表的なのが「クロロゲン酸」です 。このクロロゲン酸こそが、コーヒーの多くの健康効果の鍵を握る成分として注目されています。
クロロゲン酸には、具体的にいくつかの有益な作用が報告されています。例えば、血管の機能を改善する働きです。クロロゲン酸は、血管の内側の細胞(血管内皮細胞)に働きかけ、血管を拡張させる作用のある一酸化窒素(NO)の産生を促すことが示唆されています 。これにより血流が改善され、心血管系の健康維持に貢献する可能性があります 。
また、食後の血糖値の上昇を穏やかにする作用も報告されており 、これがコーヒーの2型糖尿病予防効果の一因ではないかと考えられています 。
このように、コーヒーの健康への恩恵は、単なるカフェインの覚醒作用だけではなく、クロロゲン酸をはじめとする抗酸化物質がもたらす、より根本的な身体の保護作用に基づいている可能性が高いのです。この視点は、コーヒーを単なる刺激物としてではなく、機能性に富んだ「植物由来の飲料」として捉え直すきっかけを与えてくれます。
あなたにとっての「適量」とは?1日のカフェイン摂取量の目安
コーヒーのメリットとデメリットを天秤にかける上で、最も重要な要素となるのが「摂取量」です。では、具体的にどのくらいの量が「適量」なのでしょうか。
現在、日本の厚生労働省はカフェインの一日摂取許容量について具体的な数値を設定していません。これは、カフェインに対する感受性が個人によって大きく異なるため、一律の基準を設けるのが難しいという背景があります 。
一方で、海外の多くの保健機関は、健康への悪影響が生じるリスクが低いと考えられる摂取量の目安を公表しています。これらの国際的なガイドラインは、自分にとっての適量を考える上で非常に参考になります。
- 健康な成人:欧州食品安全機関(EFSA)やカナダ保健省などは、1日あたり400mgまでであれば、健康リスクは増加しないとしています 。これは、一般的なドリップコーヒー(1杯150mlでカフェイン約90mgと仮定)で換算すると、 1日に3〜4杯程度に相当します 。
- 妊婦・授乳婦:胎児や乳児への影響を考慮し、より低い摂取量が推奨されています。多くの機関が1日あたり200mg〜300mgまでを目安としています 。これはコーヒーに換算すると 1日に1〜2杯程度です。
- 子ども・青少年:体重が軽く、カフェインへの感受性が高いため、さらに厳しい基準が設けられています。カナダ保健省では、4〜6歳で45mg/日、7〜9歳で62.5mg/日、10〜12歳で85mg/日といった具体的な目安を示しています 。
ただし、これらの数値はあくまで目安です。コーヒーだけでなく、緑茶(特に玉露)、紅茶、エナジードリンク、一部の医薬品などにもカフェインは含まれているため、一日に摂取するカフェインの総量を意識することが大切です 。
飲み物の種類 | 100mlあたりのカフェイン含有量(目安) |
ドリップコーヒー | 約60mg |
玉露 | 約160mg |
紅茶 | 約30mg |
せん茶 | 約20mg |
エナジードリンク | 32mg〜300mg(製品による) |
対象者 | 1日あたりのカフェイン摂取目安量 | 主な機関 |
健康な成人 | 400mg | 欧州食品安全機関(EFSA)、カナダ保健省 |
妊婦 | 200mg | 欧州食品安全機関(EFSA) |
妊婦・授乳婦 | 300mg | カナダ保健省、世界保健機関(WHO) |
子ども(4〜6歳) | 45mg | カナダ保健省 |
最終的に、あなたにとっての「適量」とは、これらの国際的なガイドラインを参考にしつつ、ご自身の体調(睡眠の質、胃腸の調子、気分の変化など)を注意深く観察しながら見つけていくものです。
デメリットを最小限に抑える飲み方のヒント
コーヒーの持つ豊かなメリットを享受しつつ、潜在的なデメリットをできるだけ回避するためには、少しの工夫が有効です。日々のコーヒー習慣に以下のヒントを取り入れて、より賢く、健康的な付き合い方を目指してみてはいかがでしょうか。
- 飲むタイミングを意識する
- 睡眠を守るための時間制限:カフェインの覚醒作用は数時間持続するため、質の良い睡眠を確保するためには、就寝時間から逆算してコーヒーを飲むのをやめる「カフェイン・カットオフタイム」を設けることが推奨されます。一般的には、夕方以降の摂取は避けるのが賢明です 。
- 胃への配慮:胃酸の分泌を促進する作用があるため、空腹時の摂取は胃に負担をかける可能性があります。なるべく食後など、胃に何か入っている状態で飲むように心がけましょう 。
- 栄養素の吸収のために:鉄分の吸収阻害を避けるため、鉄分が豊富な食事の直前・直後を避け、30分〜1時間ほど間隔をあけて飲むのが理想的です 。
- 飲み方にこだわる
- 余計なものを加えない:コーヒーの健康効果に関する研究の多くは、砂糖やミルクを含まないブラックコーヒーを対象としています。過剰な糖分や脂肪分は、カロリーオーバーや生活習慣病のリスクにつながるため、できるだけシンプルに楽しむことを基本としましょう 。
- 抽出方法を選ぶ:コレステロール値への影響が気になる場合は、油性成分であるカフェストールなどを除去できるペーパーフィルターでのドリップ抽出がおすすめです 。
- 自分の身体の声を聞く
- 水分補給を忘れずに:コーヒーには利尿作用があるため、飲んだ分だけ水分補給ができているわけではありません。意識的に水を飲む習慣をつけ、脱水を防ぎましょう 。
- 感受性の個人差を理解する:カフェインが身体に与える影響は、遺伝的な要因も含め、人によって大きく異なります 。不安感が強まったり、動悸がしたり、胃の調子が悪くなったりするなど、身体が発するサインを見逃さず、不調を感じた際には量を減らす、あるいは一時的にやめてみるなどの調整が大切です。
これらのヒントは、コーヒーを生活から排除するのではなく、その特性を理解し、上手にコントロールするためのものです。
コーヒーのデメリットに関する要点まとめ
今回はコーヒーのデメリットと、それを踏まえたメリットや賢い付き合い方についてお伝えしました。以下に、本記事の内容を要約します。
・カフェインは疲労を回復させるのではなく疲労感を遮断する物質である
・アデノシン受容体の遮断が覚醒作用と睡眠障害の両方の原因となる
・過剰摂取は不安感や神経過敏を引き起こす可能性がある
・胃酸分泌を促進するため空腹時の摂取は胃に負担をかけることがある
・腸の運動を活発にし一部の人では下痢の原因になりうる
・タンニンが食事中の非ヘム鉄の吸収を阻害する可能性がある
・カフェインの利尿作用により尿中へのカルシウム排出が促される
・日常的な摂取を中断すると頭痛などの離脱症状が起こりうる
・妊婦や特定の疾患を持つ人、薬を服用中の人は摂取に注意が必要である
・長期的な習慣は全死亡リスクや特定のがんリスクを低下させる可能性が示唆される
・心血管疾患や脳卒中のリスク低減との関連も報告されている
・ポリフェノール類、特にクロロゲン酸が健康上の利点に寄与すると考えられる
・健康な成人のカフェイン摂取目安は国際的に1日400mgまでとされる
・メリットを最大化するには無糖のブラックコーヒーが基本である
・飲む時間帯や食事との間隔を空ける工夫がデメリットの緩和につながる
コーヒーは多くの魅力を持つ一方で、私たちの身体に様々な影響を与える可能性も秘めています。本記事で得られた知識が、あなたにとって最適なコーヒーとの付き合い方を見つける一助となれば幸いです。ご自身の体調とライフスタイルに合わせて、上手にコーヒーを楽しんでいきましょう。
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